千葉の端で発酵をたどる

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 千葉県の北端に位置する、野田市と流山市。東葛と呼ばれるこの地域は、「しょうゆ」と「みりん」の一大生産地だ。千葉の片隅で江戸時代から連綿と作られる2つの発酵調味料。その足跡をたどった。


 東武アーバンパークライン・野田市駅を降りると、目の前にキッコーマンの六角形マークをかかげた巨大なタンクがそびえる。駅前の一車線の道には、大型トラックが頻繁に行き来し、工場の敷地へと吸い込まれていく。

工場見学入口横にそびえるタンク。
大豆や小麦といったしょうゆの原料が貯蔵されている

 街中でもしょうゆの匂いがすると言われる野田だが、工場からは飯ごうで炊いた米のような、甘く香ばしい香りがただよってくる。その正体は、しょうゆの原料である蒸した大豆と炒った小麦だ。この2つを細かく砕いて混ぜ、「キッコーマン菌」という名のこうじ菌を振りかけ数日待てば、しょうゆ麹となる。
 1周50メートル、学校のグラウンドのような大きさの製麹(せいきく)室で、ドーナツ状に整地された原料がゆっくりと回転している。ただそれだけの光景だが、部屋いっぱいの麹で1リットルしょうゆが11万本できるという説明に、工場見学に参加した十数名はじっと見入ってしまう。まだ3歳にも満たないような子供も、ガラスに手とおでこをべったりつけて観察している。
 最初は原料の表面をうっすら白くおおう程度だったこうじ菌は、人の体温ほどに保たれた室内でどんどん菌糸を伸ばし、ふさふさとした白いマリモのような状態になる。3日間かけて完成したしょうゆ麹は塩水と混ぜられ「もろみ」となり、タンクの中で6か月かけて発酵する。

 見学の最後に出てくるのは、もろみを「ろ布(ふ)」と呼ばれる布でこす工程だ。
 ガサガサとした手触りのろ布・・は、全長2.8kmにもおよぶ。ろ布・・でもろみを包んだら、機械が行ったり来たりしながら折りたたんでいく。その数、700段。最終的に3階建てのビルほどの高さになったろ布・・から、琥珀色のしょうゆがサラサラと流れ出してくる。さらに上からプレスし、絞った液体を数日休ませれば、澄んだしょうゆが完成する。
 機械でろ布・・が折りたたまれる様子を、腕を組んでじっと眺める従業員たちは、いったい何を考えているのだろう。ガラス越しに必死に手を振ると、こちらに気づいて両手を振ってくれた。

真っ白な蔵の中は空調が効いていて涼しい。
しょうゆ樽とともに、木製のしょうゆ造りの道具が展示されている。

 宮内庁に納めるしょうゆを手作業で作る「御用醤油醸造所」。蔵に入ると湿った木の匂いがする。ここでは、大豆、小麦、塩はすべて国産の原料を使い、温湿度管理を含め、人の勘に頼ったしょうゆ造りが今なお続けられている。
 ひんやりと湿った蔵で、自分の背丈の2倍はありそうな杉樽を眺めていると、樽の中で発酵するしょうゆの泡立つ音が聞こえてきそうだ。
 だが実際に壁の向こうから届くのは、機械音に混じった軽快な音楽と、体操の号令。大量生産されたしょうゆが全国に送られていく横で、人は今もスクワットやもも上げをしながら、しょうゆを仕込んでいる。


 野田市駅から流山方面へ向かう途中、運河という駅を通る。利根川と江戸川を結ぶ「利根運河」が名前の由来だ。2つの一級河川をつなぐ運河の両岸には青々とした土手が続いている。この一帯では、昔から大豆や米が栽培され、埼玉方面からは小麦が船で運ばれてきた。
 できあがったしょうゆやみりんもまた、川を下って江戸へ向かう。東葛から日本橋へは船で半日ほど。江戸の屋台で好まれた甘辛い味付けを支える調味料は、この地から運ばれていた。原料が容易に手に入り、消費地が近い。千葉の端は、発酵調味料のための土地だった。

 流山の白みりんミュージアムは、2025年に開館したばかり。「万上本みりん」を生産するキッコーマン流山工場の目の前に建っている。
 なぜ、みりんの前にわざわざ「白」がついているのか。それは白みりんが誕生した江戸時代の食文化と関係している。江戸後期に流山の白みりんが名物になるまで、みりんといえば下戸や女性がたしなむ甘いお酒を指していた。上方から入ってきたみりんは色が濃くにごっており、味もあっさりしていた。一方、展示されているみりんは淡い黄色で、向こうのパネルがはっきり見えるほど澄んでいる。これが、流山の酒蔵が作り上げた、甘味とうま味が強いこの地域ならではのみりんだ。

むき出しの梁が特徴的なミュージアムの中。
建物に入ると木の香りがする。

 見学不可の工場に代わって、白みりんの歴史と作り方を学べるのがこのミュージアム。ツアー参加者には大人に渋々連れられてきた雰囲気の子供が多い。 彼らがみりんを好きなようにも、学びたいようにも見えなかったが、自由見学に入ると杉樽の櫂入れ、みりん作りゲームなど体験型の展示を動き回って、アトラクションのように楽しんでいる。
 最後は講師の解説を聞きながら、できたてを味わう。みりん以外の甘味が一切入らないわらび餅は、あっさりしていて、飲み込むとほのかに酒のような香りが鼻に抜ける。

 みりんの存在すら知らなかったかもしれない子供たちは、2時間ほどの滞在で、この歴史のある発酵調味料について、これでもかと刷り込まれて帰路につく。
 スーパーに行った時、みりんのボトルが目にとまる。杉樽に入った櫂をかき回したこと、わらび餅を作ったことを思い出す。それだけでもこのミュージアムの目論見は成功している。
 千葉の端で続く発酵文化は、こうして今日も誰かの日常に流れ込んでいる。

片栗粉、本みりん、水を火にかけ練ってできあがるわらび餅

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