ジジジジ
ビー、ジジ
ズズ
急に聞こえてきたそれは、電波を受信しようとする壊れたラジオのようだった。
ジジジ
ズーズー
ピー
たまにある、換気扇を伝わって届く、廊下なのか隣の部屋の人の声なのか。
もしくは、ケータイで動画が勝手に流れ始めたのかと思った。
キッチンでお茶を飲んでいた私は、急に聞こえてきた声に驚いて辺りを見渡した。
ケータイはオフだ。
換気扇からも、何も音はしない。
お茶を入れるために冷蔵庫から出していたガラスのピッチャーに目が止まる。
まさかと思いながら耳を近づけると、ピッチャーのふたから音がしていた。
喋っていたのは、ピッチャーだった。
驚いてピッチャーを見つめていたら、声は尻すぼみになってシンと静かになってしまった。
その後、何度か冷蔵庫から出し入れしてまた置いておいても、もううんともすんとも言わない。
次の日また冷蔵庫からピッチャーを出しておいたら、しばらくすると聞こえはじめた。
ビービー、ジジ、の音。
ラジオのアンテナを調整するみたいにピッチャーをあちこちに動かしてみた。
ジジ…。
音が小さくなってしまった。慌てて元の場所に戻す。
昨日はお茶を飲んでたから、ピッチャーのふたを開けていた。
ピッチャーのふたをぐるりと回して、昨日と同じくらいの場所まで開けてみる。
ザワザワザワ…。
あっ、これ、この感じだ。
もう少しふたを開けてみる。
かちり、とラジオのダイヤルがあった時のように、はっきりと声が流れてきた。
背景に音楽が流れて、女性のような声が何かを淡々と何かを喋っている。
ニュース番組なのだろうか。
どこの国かわからないが、クリアに音を拾ったラジオをピッチャーで聞いていることに、ワクワクして椅子をキッチンまで引っ張ってきて、耳をそば立てて聞き入った。
だが、10分もすると声がだんだん小さくなってきた。
ふたを回して調整したが、声は小さくなるばかり。
そしてついに消えてしまった。
せっかくの夢のような時間が。
気落ちしてピッチャーを冷蔵庫に戻した。またきっと聞けるはず。
数十分後、もう一度取り出してピッチャーのふたを回して置いてみたが、何も言わない。
もう二度と聞けないのだろうか。
次の日の朝、待ち切れずに飛び起きて冷蔵庫からピッチャーを出してスタンバイした。
ビー、ジジ。
やった!
そんなふうに、ピッチャーのラジオを毎日数分だけ聞く生活が始まった。
どういう条件かよく分からなかったが、冷やしたお茶入りのピッチャーでふたを少し開けると一日一回は何かしらを聞くことができた。
ある時は音楽が流れてきて、ある時はニュースを読んでいるような声。
時には複数の人が話していて笑い声が聞こえるような時もあった。
声はどの国の人の言葉とも言えない、意味はわからない内容だったが、楽しげな笑い声はこちらもついふふっと釣られて笑いたくなるような心地良さがあった。
「ご飯はちゃんと食べてるの?」
ある日のこと、いつもは分からない言葉のざわめきの中に、不意に日本語が混じった。
それは母の声だった。
数年前に亡くなってからはじめて聞いた声だった。
「暑いけど、ちゃんと食べなさいよ」
鬱陶しくて振り払いたくなる、何度も聞いた小言。だけど久しぶりに聞くその声に、思わず涙がこぼれた。
死んだ人の声をこのラジオは聞けるのか…。
そう思ったとき、ゾッとした。
今まで聴いていたのは、死後の世界のラジオだったのではないか。
偶然が重なって、あちらの世界のラジオにチューニングできてしまったとか。
分かりそうで分からなかった言葉も、あっちの世界だからと言われると納得もする。
笑い声も、音楽も、内容は分からないラジオは、途端に薄気味悪く近づかないほうが良いものに感じた。
私はピッチャーのふたを閉じると、そっと冷蔵庫に戻した。
おじいちゃんやおばあちゃんの声も、もしかしたら聞けるのだろうか。懐かしい気持ちが蘇る。
でも、あまり近づかないほうがいい気もする。
試したい衝動と、避けたほうがいい予感の間で毎日揺れている。
ピッチャーを開けるたび、今日も自然と耳が傾いてしまう。


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