ケンさん

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 頻繁に使用する駅の地下構内、いつも同じ柱に寄りかかり座る男性を見かけるようになった。

どう見ても1人なのだが、床には向かい合うように2本の飲み物が置かれている。まるで、親しい友人とちゃぶ台を挟んで談笑しているかのように、彼は顔をくしゃくしゃにして、誰もいない空間へ楽し気に語りかけていた。彼にしか見えない世界が開かれているようだった。
またある時は、黒ずんで丸まった長い爪の間で鉛筆を挟み、熱心に写経をしている姿を見かけることもあった。
大きな二重瞼の目元が印象的で、どこか俳優の渡辺謙さんを思わせる。
私は心の中で彼を「ケンさん」と呼んでいた。
半年ほど遠巻きに見ていたが、先日、はじめて声をかけた。
私の姿を認めるやケンさんは露骨に警戒し、周囲の荷物を慌てて手前へ引き寄せて、手を振って私を追い払おうとした。それでも一定の距離感を保ちながら話しかけ続けると、警戒を解かないまでも、ぽつりぽつりとこちらの質問に応じてくれた。

 65歳男性。独身、北海道札幌市出身。職業:無職 住所不定 ホームレス歴:約20年

ケンさんのように、ホームレスとして暮らす人々は今どれほどいるのだろう。

厚生労働省が公表した「ホームレスの実態に関する全国調査(2026年1月実施)」によると、全国で確認されたホームレスは2481名(男性2190人、女性192人、性別不明99人)。都道府県別では大阪府の803人が最多、次いで東京都が507人、神奈川県が391人と、大都市圏に集中している。

ただし、この調査は日中の巡回と目視によるものであり、ネットカフェや車中泊、あるいは24時間営業の店舗などを転々とする、いわゆる隠れたホームレス状態にある人は含まれていない。
数字の網の目からこぼれ落ちた困窮は、実際にはもっと多いはずだ。

 ケンさんはどのような経緯でホームレスになったのか。

 北海道札幌市で生まれ育ち、45歳になるまで故郷を離れたことはなかったという。最終学歴は不明。貧しく、スーツを買う余裕もないため季節労働や配達などの肉体労働を転々としていた。

転機は母の死だった。母名義だった市営住宅を退去し、札幌市内のアパートに移ったものの収入は不安定。高騰する暖房費を節約した冬の北海道は、命に関わる寒さだった。頼る身寄りも行く当てもなかったが、東京に行けば何かしら仕事はあるだろう、少しでも暖かいところへ。と上京を決意した。

 辿り着いた現在の地で、寮付きの日雇い労働を開始したが心身ともに過酷な日々だった。

「ひでぇもんだよ。狭い部屋にギュウギュウに押し込められて。みんなイライラして喧嘩ばっかりで。働いたって家賃やらなんだでお金取られて、、続けられるわけないよ。」

4名から6名が1つの部屋に押し込められるタコ部屋のような環境。おそらく争いを好まない穏やかな性格のケンさんにとって、血の気の多い労働者たちが飛び交わす怒号や暴力は、人一倍のストレスだったはずだ。さらに寮費や食費などの名目で給料の大半を天引きされ、手元に残るのは月に2万円ほど。逃げ出す労働者もいたが、違約金の請求や暴力を目の当たりにしていたケンさんは、更新までの半年間を耐え忍んで寮を出た。

 しかし行く当てもなく、そのまま路上生活に入った。仕事は探したが、他の路上生活者から紹介される仕事も結局、同じような環境の現場ばかりだった。労働は朝から晩まで続き、毎週の休みもない。天候不順で作業が中止になっても寮費や食事代は天引きされるため、お金は一向に貯まらない。寮と路上を行き来する生活が続き、気が付けば路上で過ごす時間の方が長くなっていた。

 生活保護を利用していた時期もあったという。しかし、支援者を名乗る人に住所を提供されて認定を受けたものの、支給日になれば手元に残るお金はごくわずか。受給金の多くを吸い上げられた上、隠れて日雇い労働をさせられては、収入の申告も禁じられていた。

「貧困ビジネス」のことを言っているのだろう。劣悪な無料低額宿泊所に生活困窮者を囲い込み、生活保護費を「施設使用料」などとして巻き上げる民間業者が、脱税や詐欺の容疑で逮捕された事例もあり社会問題化している。また、受給者に収入を隠蔽させ、裏で二重に労働搾取を行う手口も、生活保護法違反や詐欺罪として警察の取り締まり対象となっている。さらに悪質なのは、この搾取構造の中に同じ路上生活者が組み込まれている点だ。困窮者を紹介するごとに業者から紹介料が支払われる仕組みが存在し、同じ路上生活者として生きる相手から、利益目的で斡旋されるケースも少なくない。

ケンさんの語る体験も、その構造の中にあったと言える。

現在は、空き缶拾いや時折公園の清掃で、わずかな現金収入を得ている。

 居住場所である駅構内は24時間開放されているわけではない。閉まっている間はどうしているのか尋ねると、深夜1時頃に駅員による見回りが来るため外に出るのだという。駅構内に再び入れる朝4時頃までの約3時間、ケンさんは外を歩き続けている。

理由は防犯のためだ。以前、公園に場所を移した際、周囲のホームレスが暴行事件に巻き込まれたり、盗難に遭うのを何度も見てきた。彼自身も、現金収入を得た後に同じホームレスに盗まれた経験がある。そのため、深夜はただ一人で歩く。

 リスクを避けるためか、ケンさんは他のホームレスとの交流を一切持たない。食事はボランティア団体の炊き出しで賄っているが、現在地周辺での実施は毎日ではない。周りのホームレスたちが情報交換を重ね、他のエリアまで移動して食材を確保する様子を横目に、ケンさんは頑なにこの地から出ようとしない。

「1人が1番安全。知っている場所が安心だよ。歩いている方が安全。」そう何度も繰り返した。

トラブルを避け、自分の身と心の平穏を守るために、あえて人間関係を断ち孤立を選ぶ。それが、数々の搾取と裏切りを経験した末の防衛策なのだろう。

こうしたホームレスを目にした時、世間はしばしば「自己責任」や「努力不足」といった言葉を向ける。だが、彼らが今そこにいるのは、本当に個人の能力や努力だけの問題なのだろうか。

 社会学やダイバーシティ研修などで用いられる「特権の歩み(privilege walk)」という体験型ワークがある。全員が横一列からスタートし、生まれ育った環境や経済状況に関する質問に答えながら一歩ずつ前進、あるいは後退していく。質問が終わったとき、各自の立ち位置には大きな開きができる。全員が同じスタートラインにいたはずの場所に、実は最初から目に見えない格差が存在していたことを、その距離の差で可視化する試みだ。

ケンさんの語る半生には、知識や権利を学ぶ機会も、適切な支援制度へつながる手立ても見当たらない。ただ生きるために重ねてきた身体労働すらも、不当に利益を貪る仕組みに取り込まれていたのが現実だ。

中には、現状の暮らしを自ら受け入れ、ホームレス生活を維持する者もいるかもしれない。
だが、最初から望んでこの境遇に至ったわけではないだろう。スタートラインの不平等や格差が存在する中で、個人の努力や選択だけに原因を求める「自己責任論」は、こうした背景を覆い隠してしまう側面を持っている。

 現実の人間関係から距離を置き続けるケンさん。度々見かけた、彼にしか見えない誰かとの対話の様子と、熱心に写経をする姿。誰と話し、何を書いているのか尋ねるが、

「いろいろね。来てくれた人と話しているだけ」と言い、それ以上は語らずそっぽを向いてしまった。その様子から、これ以上触れてはいけない領域があるように感じた。

話しを聞かせてもらったお礼に何か食べ物でも、と言うと、駅構内にある「おむすび処ほんのり屋」を指差した。好みの具材を聞くと、笑顔で「うなぎ」と答えた。

うなぎのおにぎりを手渡すと、目が悪いのか顔を近づけて確認をする。それを終えると、言葉もなく荷物の奥へと仕舞い込んだ。

「また来ていい?」と聞くと数回頷いた。拒絶はしていないらしい。

「なんとお呼びしたらいい?」と尋ねると、「名前はあるけどね」とだけ言って、名乗ってはくれなかった。

そのため、私がここを通りかかる度に心の中で「ケンさん」と呼び名を付けていたことを伝えた。そう呼ぶことを了承してもらえるか尋ねると、お好きにどうぞ、とでも言いたげに少し面倒くさそうに頷いていた。

「またね」と言い、その場を離れる。

ケンさんは今日も、同じ駅の地下構内で彼だけの世界を守るように座っている。

その姿を見かけるたび、私は声をかけずにはいられないのだ。

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